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2024年5月 弁護士による賃貸法律相談室 齋藤

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  • 2024年5月 弁護士による賃貸法律相談室

        

     1981年5月まで適用された建築確認基準を「旧耐震基準」と呼びます。これは中規模の地震(震度5強程度)では倒壊しないレベルであり、大規模の地震(震度6強~7程度)に対する安全性については不安があるとされています。この旧耐震基準の建物の賃借人から「賃貸人の修繕義務として耐震工事を行うべき」と主張されことが問題となった裁判例(東京地方裁判所平成22年7月30日判決)を紹介します。

     その物件は昭和43年築の6階建ビルで、平成10年に月額賃料約300万円で賃貸借契約が締結され10年ほど経過していましたが、平成18年の姉歯事件で建物に不安を覚えた賃借人が第三者機関に耐震調査を依頼しました。その結果がC1ランク(補強が必要である又は精密診断を勧める)であったため、賃貸人に補強工事を求めたものの、これを拒絶されたため紛争になったという事案です。築年数が古いビルですが、外壁や内装は度々工事しており、他の賃借人からのクレームも特になかったという経緯があります。裁判で「賃貸人に旧耐震基準の建物の耐震改修義務があるか」という点について争われることとなりました。賃借人は以下の理由をあげて賃貸人の耐震改修義務を主張しました。

    ①本件建物は多数が利用する事務所を前提としている。本件報告書に示された耐震性能では、賃貸借の目的に沿って安全かつ安心して使用することは不可能である。
    ②本件建物は高額賃料の営業物件である。
    ③昭和43年築の本件建物は昭和46年(1971年)の建築基準法改正の耐震基準すら満たしてない。

     この賃借人側の主張に対し裁判所が下した結論は、「賃貸人に耐震改修の義務はない」というものでした。その理由として、賃貸人に課せられている修繕義務について裁判所は、

    修繕義務の内容は、契約の時点において契約内容に取り込まれた目的物の性状(性質と状態のこと)を基準として判断されるべきであり、仮に目的物に不完全な箇所があったとしても、それが当初から予定されたものである場合は、それを完全なものにする修繕義務を賃貸人は負わないというべきで、賃貸借契約の締結当時の建物、もしくは契約で合意された性状を基準として修繕義務は判断すべきである。

    と述べました。左下の基準を前提として、本件建物が昭和43年築の建物であったとしても、

    ①本件建物はその建築当時の建築基準法令に従って建築されているものというべきであり、かつ現時点において要求される建築基準法上の耐震性能を有している必要はなく(※既存不適格建築物)、さらに本件建物の建築年次は登記情報等により誰でも確認可能であって、当該建物がどのような耐震基準を満たしているのかは借主側でも確認可能であったこと。※すでにある建築物で現在の建築基準法には適合していないもの
    ②本件契約締結時に本件建物の耐震性能が特に問題とされた事情はうかがえないことからすれば、本件契約では本件建物の耐震性能につきその建築当時に予定されていた耐震性能を有していることが内容となっていること。
    ③契約継続中に本件建物の利用に当たって具体的な問題が生じているわけではない。

    と延べ、賃貸人に修繕義務は存在しないと結論づけました。裁判所の考え方をまとめると、

    ①賃貸借契約を締結する時に、耐震性能が問題となったかどうか、または、賃貸物件が最新の耐震性能を満たしていることが契約の内容となっていたかどうかが問題となる。最新の耐震性能を満たすことが契約内容となっていた場合は、それを満たすよう賃貸人は修繕をする必要があるが、耐震性能を特に問題としなかった場合は、その建物が建築当時に予定されていた耐震性能を有していれば良い。
    ②ただし契約継続中に賃貸物件の利用にあたって具体的な問題が生じた場合は、賃貸人においても対応が必要になる場合がある。

    と言えるでしょう。

     このように、賃貸人の耐震工事を行う義務は原則として否定されていますが、一方で、賃貸人には「民法717条の土地工作物責任」があります。万一、強大な地震などで賃貸建物の崩落等が発生し、賃借人に損害が生じた場合には、こ
    の適用により物件の所有者たる賃貸人にも責任追及が及ぶリスクはありますので、賃貸人としては、このリスクを認識したうえで、賃貸物件の耐震性能を意識して経営する必要があると考えられます。

    弁護士北村亮典*この記事は、2024年3月20日時点の法令等に基づいて書かれています。

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