賃貸法律相談室
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2023年6月号 工事の不手際、貸主の責任は?
貸主が手配した工事でリフォーム業者の不注意で漏水。
貸主は賃借人に賠償責任を負うか?退去のときに、水回りなどの設備をリフォームして新賃借人を募集することは、賃貸経営でよく行われています。 この際に、工事を請け負ったリフォーム会社の不手際で、賃貸物件の「その部屋以外の入居者の居室」に損害が生じてしまった場合、賃貸物件のオーナーも賠償責任を負うことになるのでしょうか? この点が問題となったのが、東京地方裁判所平成24年12月17日判決の事例です。
この事案の概要は以下の通りです。
賃貸マンションの10階の部屋が空いたので、オーナーはリフォーム会社に依頼して工事を施工することになった。 この工事中にリフォーム会社の作業員が作業中に配管を詰まらせて漏水を生じさせてしまい、階下の9階の部屋に浸水してしまった。 階下の9階の部屋の賃借人から「建物オーナーが依頼したリフォーム会社のミスで浸水したのだからオーナーも責任を負うべきだ」と主張され、損害保険金では賄いきれなかったとして慰謝料200万円などを請求された。
上記の通りこの事案では、浸水した9階の居室の賃借人は、リフォーム会社だけでなく建物オーナーも被告とし損害賠償訴訟を提訴しました。 裁判所は工事に不手際をしたリフォーム会社への損害賠償請求は認めましたが、本件においては、リフォーム工事を依頼した建物オーナーの責任も法的に認められるのか、という点が問題となりました。 この訴訟で原告の賃借人側が「オーナーにも責任がある」とした根拠は、
建物オーナーには賃貸借契約に基づき貸室を使用させる債務があり、 その履行をリフォーム会社が補助する関係にある。
建物オーナーの履行補助者であるリフォーム会社の過失によって居室が使用できなくなったのだから、賃貸借契約に基づく貸室を使用させる債務の不履行である。
という主張を展開しました。
結論として裁判所は建物オーナーの損害賠償責任は否定しましたので、世の貸主にとって良い結果となりました。 建物オーナーの責任を否定した理由について以下の通り述べています。
「被告EUホーム(注:建物オーナー、編集者注:以下は貸主と表記します)は、原告X1(注:9階居室の賃借人編集者注:以下は賃借人と表記します)に対し、本件賃貸借契約に基づき本件居室を使用させる義務を負い、賃借人が物件事故により本件居室の使用を妨げられたことは認められるが、本件事故が貸主の同契約に基づく債務の不履行であるとは認められない。」
「すなわち、貸主が被告フロムワン(注:リフォーム会社、編集者注:以下は工事業者と表記します)との間で本件請負契約を締結して、工事業者が1004号室のリフォーム工事を行い、その際、同工事に従事する者が本件事故を起こしたことは前記のとおりであるが、工事業者は、 本件請負契約に基づき上記工事を行っていたものであって、本件請負契約は、 同社と貸主の間に、貸主の賃借人に対する本件賃貸借契約に基づき本件居室を使用させる債務の履行を工事業者が補助する関係があることを理由付けるものとはいえず、工事業者による上記工事に従事した者が本件事故を起こしたことをもって、 貸主の本件賃貸借契約に基づく債務の不履行があるということはできない。」
として、工事業者のみに合計610万円の損害賠償(慰謝料込み)を命じました。 この事案で、「建物オーナーは責任を負わない」と結論づけられたことは至極当然の判断と言えるのですが、本件とは異なり、リフォームした貸室で工事に不手際が生じ、その結果、その工事が行われた貸室の賃借人が損害を負った場合には、 異なる判断となる可能性があります。 このような場合、リフォーム会社は当該貸室の賃借人に対して「賃貸人の履行補助者」となり、その履行補助者の過失を理由に建物オーナーが責任を負う可能性があると言えるためです(なお貸主が、施設賠償責任保険などに加入していれば、こういった建物の工事等に伴う損害額の大半は保険でカバーされることが通常ですので、 本件のように慰謝料等(以下で説明)の請求をされてしまう場合に問題になる話と言えます)。
本件では、リフォーム会社に対する損害賠償として損害の実額の他、賃借人がこの漏水事故によって仕事用の機材が故障し仕事の受注ができなくなったこと、自律神経失調症、うつ病等で治療を余儀なくされたなどの事情が考慮され、賃借人とその同居人に対して合計230万円の慰謝料(損害賠償の種類の中の1つ)が認められています。 工事による損害賠償事案の慰謝料としては比較的高額ですので、この点でも参考になる事例です。