賃貸Q&A
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2021年12月号 どこまでが事故物件?
ガイドラインが答えない死亡場所と告知義務との関係
近頃では心理的瑕疵物件(いわゆる事故物件)の話題をよく見聞きします。ある不動産で自殺、事故死、不幸な孤独死(以下、死亡事故)が発生した場合、その物件は心理的瑕疵物件とされ価値が下がると考えられます。大家様の場合は次の入居者にその事実を告知する義務を負います。しかし一口に告知と言っても単純ではありません。もし大家様の物件が該当する場合は、
①どんな死亡事故であれば告知するのか?
②事故の何年後まで告知するのか?
③集合住宅ではどの範囲の住戸まで告知するのか?
など悩むことばかりです。そこで今年になって、業界の悩みに応えてガイドライン策定に動いていた国交省が、「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン(案)」を公開するに至ったのです。同案では、上記①と②の問題については方針が示されているので参考にすることができます。ところが!③の場所的問題に関してガイドラインでは何も回答していませんので、手掛りは今までの裁判例の中に見つけるしかありません。
以下、不動産の心理的瑕疵の告知義務と死亡の「場所」との関係に注目して解説します。
あるアパートの202号室で死亡事故があった場合に隣の201と203では、次の入居者に事故の事実を告知する必要はあるでしょうか? 直下の102と直上の302はどうでしょうか?
東京地裁判決平18.12.6では直下の一室で自然死があっても、その上の部屋に心理的瑕疵が生じるとは評価できないと判断しました。また東京地判平19.8.10は、自殺があった部屋の両隣及び階下の部屋について、事故後最初の入居者に対する告知義務はないとの判断を示しました。やはり集合住宅の各部屋は独立した空間であり、入居者が互いに往来しませんので、死亡事故による心理的瑕疵の波及は法的にも遮断されるべきだということでしょう。
事故が建物の共用部で発生した場合はどうでしょう。例えば共用の屋上から飛び降りた場合などです。このとき、次の建物入居者全員に対して当該事実を告知する必要はあるでしょうか? これについては売買事例ですが、東京高判平29.1.25が参考になります。同事件はビルのテナントの支店長が非常階段から落下した事故について、オーナー側が事故は支店長による自殺であり、それが原因でビルを安く売る羽目になったと主張して、テナントに損害賠償を求めた訴訟でした。結果的に高裁は自殺とは断定できないと請求を退けたのですが、注目すべきは死亡事故の発生場所が共用部であることは問題とされなかったことです。共用部での死亡事故であっても賃貸物件の価値は下落するということが前提とされたのです。共用部分は独立した部屋とは異なり集合住宅内のすべての部屋とつながって、入居者の誰もが利用する可能性があります。オーナー側は告知する方が無難と言わざるを得ませんが、損害範囲が広がりますので難しい判断です。
事故の原因は建物内だが死亡場所が建物外である場合はどうでしょう?いずれも売買事例ですが東京地判平20.4.28は、住人がマンションの一室から飛び降りて公道で死亡した事実について告知義務を認定しました。また東京地判平21.6.26は、マンションの一室で睡眠薬を大量に服用した入居者が病院に搬送され、2~3週間後に病院で死亡した事実について、「本件建物内で睡眠薬自殺があったといわれても誤りとまではいえない」という表現で売主の告知義務を認めました。売買事例を賃貸に当てはめることは少し無理がありますが、結果が建物外で発生しても原因が建物内にある場合は、そこに心理的瑕疵があるとの裁判所の評価は参考になります。なお後者の裁判例では病院で長期間生存していたことが一要素として考慮され、心理的瑕疵の程度は極めて軽微であると判断されています。病院等である程度の期間 生存したのちの死亡は心理的瑕疵の程度は低く評価されるようです。
心理的瑕疵とは、その「場所」で人が死んだという事実を嫌悪する人間の心理を法的に評価したものですから、現実に発生した具体的な場所によって評価や対応は異なるところでしょう。大家様としては、所有する物件やその周囲で死亡事故が発生したときの対応について考えたり協議しておくのも有益です。