賃貸経営塾
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No.17 立退き料を考える
賃貸経営にとって「立退き料の負担」は最後に待ち構える大きなリスクです。
建物は老朽化により取壊しをしなければならないのが宿命で、その時点の入居者に退去のお願いをしなければなりません。そのとき、立退き料が発生します。
その負担を避けるには、途中で売却するか、全部屋が退去するまでじっと待つしかありません。
その選択肢があり得ないときは、負担をゼロに近づける努力を計画的に行っておく必要があります。立退き料にまつわるエピソードを紹介しましょう。
バブルで土地の価格が異常に値上がりをしていた頃、都心の一等地に親から受け継いだ一戸建てを所有しているA氏がいました。
自宅の土地の価格が3億円の値をつけるという時代でした。海外転勤を命じられたA氏は、迷った末に自宅を賃貸することにしました。
3年間の限定契約、更新はなし、立退き料も請求しない、という特約です。
高額の家賃で貸すことができたのですが、契約終了の半年前に借主は突然に明け渡しを拒み、契約の更新を望みました。
困ったA氏は法律の専門家に相談しましたが、そこで自身の立場が弱いことを知るのです。借家法の「A氏に更新を拒む正当事由がなければ強制的に法定更新される」という説明に唖然としました。A氏は日本に戻った後も借主と交渉を続け、裁判所に調停を申し立てました。何回かの調停の末に「立退き料を支払う」ということで双方は合意しました。
そして立退き料の査定を裁判所が行ったのですが、その額はなんと「1億円」だったのです。3年間でA氏が受け取った家賃の10倍近い金額です。この非常識な金額が「借家権の価値」だといいます。
これは自宅を貸したサラリーマンの事例ですので、賃貸用に用意した部屋を貸家業として貸し出すのとは条件は異なります。立退き料の額もバブル下の特殊な事例かもしれません。
しかし、貸主の都合で借主に退去移転を求めるときは、借家権に見合った立退き料が必要とされるのに変わりはありません。
その額に定額はありません。相手次第であり交渉次第です。もうひとつの事例を紹介します。
2013年3月28日に東京地裁で「立ち退きをめぐる裁判」の判決がありました。貸主(UR都市機構)が主張する正当事由を認めて借主に退去を命ずる判決が言い渡されたのです。
理由は「築40年を超えた建物の耐震性の不足」です。
耐震性を理由とする建物明け渡し訴訟で正当事由が認められて貸主側が勝訴するのは初めてと報道されました。
しかし貸主側の立退き移転の主張が無条件で認められたのではありません。借主に対する「移転先のあっ旋や引越し費用(つまり立退き料)の支払い」が実施されていたという背景がありました。たとえ建物の老朽化による耐震性不足が認められたとしても、立退き料の提供なしで貸主側の正当事由が認められることは難しいのです。
もし、建物が新築から5年以内なら、立ち退き問題は20年以上も先の話です。まだ現実的ではありませんね。
しかし築15年を超えていたら、あと10年も経てば現実の話になります。20年過ぎならすぐに手を打っても早くはありません。
では、どのようにすれば立退き料負担から逃れることができるのでしょうか。借主と友好な関係を築いておく
海外転勤のA氏も親友に自宅を3年の約束で貸していたら、裁判所から1億円の立退き料を査定されることはなかったでしょう。
交渉のとき、関係が友好かどうかは大いに影響します。
「借主はお客様」という気持ちで相対しておくことは大切です。相場の上限に近い賃料を維持する
「賃料の相場」というものが地域ごとに形成されています。
同じ築20年でも、造作や設備に費用をかけていれば賃料は「相場の上限」の近くで維持されているでしょう。「値下げ」のみで対応していれば、賃料は相場の最も低いところにあるはずです。
そして、賃料が低いほど立退き交渉に苦労する傾向があるのです。
賃料の低い物件に住む方は、同条件の貸室を探すのが難しいなどの理由で引越しに前向きではありません。
賃料の差がある場合は、貸主が負担を求められることになります。よって立退き料が高くなる傾向にあります。そして定期借家の導入の検討
築20年(RC造なら30年)を過ぎて建物の取り壊しが見えてきたら、定期借家契約の導入を検討してはどうでしょうか。
定期借家なら「法定更新と正当事由」の適用は受けません。借主の借家権は期間限定となります。たとえば、平成25年6月1日で築25年を迎える木造アパートがあったとします。5年後に築30年となるので、平成30年5月31日で取り壊したいと考えます。
普通借家契約では立退き料を用意しなければなりません。
それを避けるため、新たな募集をストップして空室のままにしておくことになるかもしれません。
しかし定期借家権なら、これから新規で契約する賃貸借契約の終了日を、すべて「平成30年5月31日」で統一して賃貸することが可能です。
この日をもってすべての定期借家契約は終了させることができます。
これが定期借家契約導入のひとつの方法です。居住中の借主も、更新の時に従来の契約を合意で終了させて、新たに平成30年5月31日を期限として定期借家契約を締結するという方法がとれます。ただし、借主との契約が2000年3月1日より前に結ばれている場合は、定期借家契約への切り替えは認められていません。
つまり、締結して13年以内の居住用の普通借家なら、定期借家契約に切り替えることが可能です(国交省のHPより)。
もちろん、借主にしっかり説明して確かな合意を得ておくことが求められますし、簡単に合意は得られないかもしれません。でも、交渉する価値は十分にあるでしょう。
賃貸経営は「終了してはじめて成果が判明する」と言われます。終了とは売却か取壊しです。
賃貸経営の最後が取り壊しの予定なら、立退き料のことは今から考慮に入れておくべきではないでしょうか。